笑いの理論――基本編

人が笑うメカニズムについては、古くからさまざまな理論が考案されてきました。残念ながら、それらはまだ経験的な説明の域を出るものではありませんが、典型的には3つの理論に分類されます。今回は笑いの理論――基本編と題して、代表的な笑いの理論を紹介します。

優越理論


他人の欠点や失敗を見聞きして優越感を持ったときに人は笑うと説明するのが「優越理論」です。 動画サイトで笑えるハプニング動画を検索すれば、バナナの皮に滑って転んだ人を見て笑う、落とし穴に落ちた人を笑う、アナウンサーの言い間違いを笑う、など他人の失敗をネタにした動画ばかり目につくでしょう。 他者の失敗によって生じた自己の相対的優位性は、実質的なものではありません。この理論に照らすと、このかりそめの余剰を笑いというかたちで人は解消すると捉えることもできるでしょう。
アリストテレスやプラトンは笑いに関する考察を残していますが、基本的には優越理論に立脚しています。優越理論は笑いの理論の中でも最古の理論に属すると言ってよいでしょう。

不一致理論(ズレの理論)


「不一致理論」とは、予期したことが実際にはそうならなかった場合の不一致が笑いを生み出すとする理論です。不一致を言い換えて「ズレの理論」とも言われます。 私たちは普段、無意識的に「これはこういうものだ」という図式に基づく予期を立ち上げることで、効率的に行動することが可能になっています。この予期が外れたときの図式のズレ(不一致)こそ笑いを生み出す源泉となると考えるのが不一致理論の骨子です。「笑いを愛した作家に学ぶユーモアのテクニック11」で紹介したように、小咄のオチには不一致を誘導する構造が見受けられます。『笑い』を書いたベルクソンの「生なるもののぎくしゃくしたこわばりが笑いを生む」という主張はこの理論に類します。
ちなみに、刺激提示後の0.4秒後に現れる陰性電位という性質から名づけられたN400という脳波は、不一致が生じた時に現れることで知られています。こうした指標を用いて笑いの理論の解明されることが期待されています。

不一致解消理論


不一致理論を基本とした笑いの理論は複数考案されていますが、その中で有名なのが「不一致解消理論」です。 これはその名の通り、不一致を解消したときに笑いが生じるという理論です。サルスは、人は予期を立ち上げながらジョークを読み進め、オチで予期との不一致に遭遇し(第一段階)、不一致を解消する認知的なルールを獲得した場合(第二段階)に笑いが生じるという二段階モデルを提唱しました。不一致理論に加え、笑いの発生には不一致の解消という問題解決のプロセスが必要と考えたのです。

開放理論(放出理論)


笑いの基本的理論の最後に紹介するのは、「開放理論」です。開放理論は高まった緊張が不要となったときに、貯まった「心的エネルギー」が笑いによって開放されるという理論です。 開放を言い換えて「放出理論」とも呼ばれます。不一致理論では説明が難しい「箸が転んでもおかしい」ような大したズレでない場合に大笑いが発生するケースでも開放理論では説明することができます。 開放理論では、ちょっとした性的ジョーク(下ネタ)で笑えるのは普段抑圧されていた心的エネルギーが開放されるためだと説明されます。お察しの通り開放理論はフロイトが提唱したことで知られています。 また、『笑いの生理学』で驚きの反対に笑いを位置づけたスペンサーも開放理論の提唱者として名を連ねます。

まとめ

今回紹介した優越理論、不一致理論、開放理論は笑いの理論の基本的な理論として知られています。これらの理論はそれぞれの理論と排他的な関係にはあるわけではなく、しばしば複数の理論を組み合わせた笑いの理論も考案されています。また、まったく別の観点を取り入れた笑いの理論も続々と考案されています。こうした笑いの理論は応用編で紹介します。

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