《笑い祭り》暗闇に笑い声が響く「酔笑人神事」(5月4日)
日本には、笑うことを神事や祭りの主に据えた「笑い祭り」が数多くあります。 そんな「笑い祭り」を一つ一つ掘り下げてややマニアックに紹介するシリーズ《笑い祭り》。第七回目は愛知県熱田神宮の酔笑人(えようど)神事です。神官が暗闇の中で神面を叩き、下手な笛を吹いて爆笑するという笑い祭りの中でも群を抜いて神秘的な神事です。
酔笑人神事(愛知県、5月4日)
神事・祭りデータ
場 所:名古屋市熱田区神宮一丁目一番一号 熱田神宮 社務所前出発
アクセス:名古屋鉄道名古屋本線「神宮前駅」下車徒歩1分、JR東海道本線「熱田駅」下車徒歩5分
問合せ先:熱田神宮(TEL:052-671-4151)
開催時期:毎年5月4日 午後7時~
地 図:下記参照
「酔笑人神事」はこんな祭り
「酔笑人神事」(えようどしんじ)は毎年5月4日(かつては旧暦5月4日)に熱田神宮にて行われる神事です。
熱田神宮配布の『参列・拝観のできる主な祭典・神事について』では、「御神体の草薙神剣還座に関わる故事を今に伝えるお祭りで、境内のすべての灯を消し、影向間(ようごうのま)社、神楽殿前、別宮前、清雪門前の四ヶ所で、悦びを込めて高笑いをする珍しい神事」と紹介されています。
まず、祭りの次第を詳しく紹介しましょう。
19時ごろに、17名の神職が社務所から出てきて整列をします。
神職たちは近くの末社に寄って神面を受け取り、その後、道路を渡り影向間(ようごうのま)社に向います。
社の前で、神職一同が半円形に並び神事は次の要領で展開されます。
- 円の中央に出た神職が2人、中啓で狩衣の中に隠した見てはならぬと伝えられる神面をコンコンと叩き、「オッホ」と発声する。
- 1.を3回繰り返したのち、ひとりの神職がおもむろに「ピーヒョローロー」とへたな笛を吹く。
- 笛の音を契機に神職全員で「ウワーッハッハー」と大笑いをする。
- 以上の1.~3.を3回繰り返す。
神事の流れを言葉で説明すると複雑に感じますが、映像だとわかりやすいでしょう(とはいってもほどんど真っ暗ですが)。
なぜ笑うのか?――神剣返還説
まず、熱田神宮の宮司であった篠田康雄氏による『熱田神宮』から神事の由来を紹介します。
「祭は、神剣のお帰りになる日が近づいたので、尾張の国人たちが歓喜して祝うことからはじまり、それが祭典となったものである。酔笑人といい、おほほという字からもわかるように、酔って、笑って、歩きまわる喜びの姿が、そのままお祭りの姿であった」(篠田康雄、1988年、『熱田神宮』)。
この「神剣」とはご存じ、三種の神器の一つであり熱田神宮のご神体である草薙の剣のことです。
草薙の剣は、668年に熱田神宮の社殿から新羅の法師道行によって持ち出されてしまいます。
自国へ帰る途中で風雨に遭った道行が帰ってきて自首をしたため、草薙の剣は盗まれずに済みました。
草薙の剣は今後は盗まれないようにと、天皇のそばの大和の宮廷で厳重に保管されることになりました。
しかし18年後、草薙の剣は熱田神宮へ戻ってくることになります。
時の天武天皇の病気が草薙の剣のたたりであることが占いによって示され、天皇の勅令により草薙の剣は熱田の社へ還されることになったのです(686年6月10日)。
このとき、草薙の剣が熱田神宮へ戻ってきて喜んだことが酔笑人神事のはじまりだとされています。
最新の説は「端午の節句の前夜祭」
この神剣返還説以外にも酔笑人神事の由来はありえると笑い学会会長の森下伸也先生(関西大学教授)は指摘します。
『神宮史料』では、神面より酒に力点をおいて紹介されており、神面返還説には疑問が残るのです。
森下先生は、端午の節句(5月5日)の前夜祭として菖蒲酒を皆で飲み(笑いやすくなって)、笑いを神々に奉納して招福除災を祈ったのが酔笑人神事なのではないかと考えています。
詳しくは『笑いの民俗行事ガイドブック』(2016年、『笑いの民俗行事ガイドブック』編集委員会)をご参照ください。
読み方のナゾ
ところで、読み方は「エヨウド」神事なのになぜ「酔笑人」神事と書くのか違和感を覚えませんか?
最近ではエヨウドという読み方にあわせて「笑酔人神事」と記載する人もいるくらいですが、この謎は意外と簡単に解くことができます。
江戸時代の延宝年間に成立した『熱田神宮年中神祭定日儀式帳』の5月4日の項目に、エヨウト(會影堂)神事とあります。
そう、酔笑人神事はかつては會影堂神事と記されていたのです。
會影堂神事はどんな神事だったのでしょうか。
文献を紐解き、酔笑人神事のかつての姿を掘り下げて見てみましょう。
文献を紐解くと(1)――悪口祭りとの関連
江戸時代に執筆された『張州雑志 熱田宮年中行事三』の5月4日の項目に「會影堂祭」を見つけることができます。
「一人が女の装束にて出て、神人三人出合い、暗いうちから紙燭を燃して振上げさの(容貌○鬼)を見上げてホッと言った後に居並んだ多数の神人一同暗と笑て退散するのが年中行事であり、
この行事は人目から隠して行われるもので、もし他人がこれを見たら病気になるというため、この祭りを會影堂という。」(筆者訳、○は判別不能の文字)
『朱鳥』(1988年、熱田神宮朱鳥会創立三十周年記念誌)には、「昔は、この行列に出合うと病気になると恐れ、近辺の住民は、この神事の間は外出しなかったともいわれている」とあります。
人目から避けて行われる祭りのため、「會影堂」(エヨウドウ、會は会の旧字)とされていたんですね。
『張州雑志』では、同神事に対する考察も付記されています。
そこでは、人目を忍んで集まり、笑うことによる除災を目的として行われたという性格から、大晦日の夜に顔を隠して悪口を言って笑う千葉寺の「千葉笑い」や京都祇園社の「朮祭」(おけらまつり)といった悪口(あっこう)祭りとの関連があるのではないかと指摘されています。

會影堂(熱田神宮年中行事三 付録 脚注)
名称のバリエーション
神事の名称は神事の内実をよく表します。
酔笑人神事の名称はさまざまなバリエーションが存在し、そこから時代別の神事のとらえ方が透けて見えてきます。
まず、酔笑人神事について最も古く記載された『熱田太神宮神事記』では、「酔人」または「夜酔人」という名称がつかわれています。
笑うことよりも酒(菖蒲酒)に関する記述が多く「酔うこと」が祭りの主軸となっていたことが推察されます。
これが江戸時代の文献では、先に述べた理由で「會影堂」「会影堂」「絵影堂」(エヨウド)という記載がされるようになり、隠れて会うことが主軸となった名称となります。
明治時代以降には、笑いの要素がフォーカスされて「酔笑人」や「笑酔人」という名称となりました。
なお、酔笑人神事には別名がいくつか存在します。
『張州雑志』には、神を責めながらも神に祈ったというちぐはぐさから「於賀斯(おかし)祭り」と言う別称がついたと記されています。
(ちなみに、大宝元年の『熱田太神宮神事記』では、神事の役割分担が記されており、「酔人」一人、「誡謹」(ゆうけい)三人、「咲面」(わらいめん)八人といった、現在とは異なった役割が存在したことがわかります。
「誡謹」は文字通り神を責める役だと推察されます。なぜ神剣が盗まれてしまったのか、神剣を早く戻せないのか祈りながら責めていたのでしょう。ひょっとすると、現在神面を叩くのは、その名残かもしれません。)
現在でも頻繁に用いられる別称は「オホホ祭り」です。その名の通り、かつては神職が「オッホ、オッホと笑いさざめく」(篠田康雄、同上)という祭りだったようです。
オッホとは何か
ところで神面を叩いたあとに発される「オッホ」というかけ声はどんな意味なのか気になりませんか?
『熱田御祭年中行事記』(寛政六年撰述、慶応二年書写)には、「政所にて楽人祝義有り、畢て各神面を持ち、一所に会(つどい)て神祝(かんほさき)の声を三度挙く、一人笛をふく」とあります。
オッホとは、そもそも神祝(神として祝う)の声だったのです。
これが笑い声を指すのかどうかは不明です。
というのは、『熱田神宮略記』において「袖中の神面を交互に輕く叩く事三回、一回毎に微聲にて『ホホ』と唱へる」とある一方で「一齊に大聲を擧げて笑ふ事三度、此の時笛役は笑聲に合せて笛を吹くのである。」とあるように、
オッホと大声の笑いとは分けてとらえられていたからです。
(ちなみに、この文献では、かつては大笑いに合わせて笛が吹かれており、笛が吹かれた後に笑う現在とは異なっていたこともわかります。)
文献を紐解くと(2)――天岩戸神話との関連
酔笑人神事は他の笑い祭りと同様、天岩戸神話になぞらえた神事として捉えられることもあります。
ご神体(神剣)不在の熱田神宮は、天岩戸神話におけるアマテラスの岩戸隠れよろしく「暗闇のようだった」ということが『熱田雑記 巻第二 熱田宮神秘之記』(天明八年、山田正因が書写)に記されています。
『張州雑志』では、こうした状況を打開すべく「天武天皇十四年の5月4日の18時頃に、天岩戸神話に基づいて盤戸前で宮人をあつめ、神酒を飲ん笑い楽しみ神まつりをした。声をあげて笑いどよめき、その音が天に響き、ついに神剣が還ってきた」ということが記されています。
以上のことから、酔笑人神事は笑いや酒の招福除災の呪力をシンボライズした神事だということもできます。
笑いの除災効果については、山口昌男先生が熱田神宮の笑いの儀式に関して「笑いを通じて、その得体の知れない恐怖とか、暗やみというものを征服しようとする人間の最初の行為みたいなものが、儀礼として残された。だから、古代人は意外と悪魔払いに笑いが有効だというふうなことをよく知っていた」(山口昌男、1984年、『笑いと逸脱』)と述べている箇所と符合します。
まとめ
以上、長くなったので簡単にまとめましょう。
- 酔笑人神事は人目を避けて夜に会う祭りという性格から、会影堂(エヨウド)という名前になり、のちになって酔笑人という名前になりました。
- 天岩戸神話にちなんで神剣の返還を祈念・祝福するために酔笑人神事は行われるという説が主流ですが、初期の文献には酒に関する記述が多く、端午の節句の前夜祭として行われたという説もあります。
- 神面叩きは神を責めることを、オッホという声は喜びであり神を祝うかけ声だと推察されます。
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