笑うから楽しい?楽しいから笑う?――末梢起源説と中枢起源説

笑いに関する議論でたびたび登場するのが、笑うから楽しい、楽しいから笑うという2つの立場です。今回は、こうした議論の土台となっている心理学の理論を紹介します。

情動と気分

心理学的な区分では、「情動」(emotion)と「気分」(feeling)は異なります。情動が快・不快という原初的な、強くて一時的な感情である一方で、気分は弱くて持続的な感情とされます。ここでは、情動の形成に関する心理学の理論を紹介します。

末梢起源説(ジェームス・ランゲ説)

末梢の生理学的反応が脳に伝わることで情動が発生するという説です。アメリカの心理学者ウィリアム・ジェームスとデンマークの心理学者、カール・ランゲの提唱したことからジェームス・ランゲ説とも呼ばれます。笑いの例をとると、「楽しいから笑うのではなく、笑うから楽しいのだ」という表現がこの説をよく表しています。人は情動を経験するより前に、涙が流れたり、笑ったり、心臓の鼓動が早くなったり、発汗したりといった生理学的変化が生じているとします。確かに、物がぶつかりそうになって避けた後に、ゾッとした恐怖を感じるということがありますね。ジェームス・ランゲ説に対する批判は多いのですが、笑いに関しては部分的に認められている理論でもあります。


末梢起源説(ジェームス・ランゲ説)
外部刺激 → 末梢神経系の生理学的変化 → 情動体験

 

顔面フィードバック仮説

トムキンスやゲルホーンによる「顔面フィードバック仮説」は表情筋の変化が大脳辺縁系や視床下部にフィードバックし情動経験を生み出すとする仮説です。 ジェームス・ランゲ説の特化版で「笑顔だから楽しい」とする説です。この説を支持する笑いの実験として、実験参加者にペンをくわえさせて微笑に近い表情を作らせたとき、同じコミックを読んだ場合でもより面白く感じるという実験があります(志水彰, 2000, 『笑い――その異常と正常』 勁草書房.)。

中枢起源説(キャノン・バード説)

末梢起源説への反論として主張されたのが、脳や脊髄、いわゆる中枢神経系を起源として情動が生じるとする「中枢起源説」です。これは外部の刺激から脳の視床が活性化し、大脳が活性化することで情動体験が生じ、同時に、視床下部が活性化することで身体反応が生じるとする仮説です。末梢神経の変化速度が比較的遅いため、身体反応より情動体験が先に起こるとされます。「楽しいから笑う」説と言えばわかりやすいでしょう。提唱者の名前をとってキャノン・バード説とも言われます。


中枢起源説(キャノン・バード説)
外部刺激 → 中枢神経系(視床) → 情動体験 / 末梢神経系の生理学的変化

 

二要因説

上記の理論では、同一の身体反応で異なる感情を抱く場合をうまく説明できません。そこで提唱されたのが、二要因説です。これは、生理的な反応と、それに対する認知的解釈の2つの要因によって情動体験が生まれるとする説です。シャクター・シンガー説とも言われます。この理論を説明するときによくひかれるのがダットンとアロンによる「吊り橋実験」です。吊り橋の上に行くと人は、吊り橋を渡る恐怖感から心拍数と発汗量の増大します。そのとき、異性と出会うことで、この生理的反応を異性を魅力的だと思うことによる反応と間違えて認知することがあるという実験です。この説は生理的変化をもと情動体験が生じるという点では、ジェームス・ランゲ説と同一なのですが、その生理的変化がなぜ生じたのかを無意識的に推測する過程が設けられている点が異なります。


二要因説(シャクター・シンガー説)
外部刺激 → 末梢神経系の生理学的変化 → 認知的解釈 → 情動体験

 

現在のところ、どの説が正しいのか?ということはわかっていません。笑いの場合では、京都大学名誉教授の苧阪直行先生のように末梢起源説と中枢起源説のいずれの経路も認めると考える立場もあります。

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