笑いの理論――心理学的アプローチ(1)

今回は、木村洋二編『笑いを科学する――ユーモア・サイエンスへの招待』の関西大学社会学部教授雨宮俊彦先生の「笑いとユーモアの心理学」から、心理学的アプローチによる笑いの理論を紹介します。

最適水準覚醒理論

伝統的な「最適水準覚醒理論」から出発しましょう。最適水準覚醒理論は、生理的な覚醒度が低すぎる、または高すぎる状態より、中程度の覚醒度のほうが快を得やすいという理論です。覚醒度が低すぎると人は退屈になり、覚醒度が高すぎると不安になります。さらに、中程度の覚醒が快楽を得やすいということを加味すると、覚醒度と快楽性の関係は逆U字のグラフを描くと想定できます(下図)。


最適水準覚醒理論
木村洋二編『笑いを科学する――ユーモア・サイエンスへの招待』から改変

 

バーラインはこの理論を笑いの説明に適用しました。ジョークは意外な点で注意をひくため、覚醒度を上昇させ快(笑い)をもたらすと考えられます。また、覚醒度を不安なまでに高めてオチで覚醒度を適度に下げることにより快(笑い)をもたらすと考えられます。
ただし、バーラインの説明は現在では疑問視されています。Godkewitschは実験において、覚醒度とユーモアによる愉快さの程度は正の相関関係にあることを示しました(下図)。


覚醒度と愉快さ

 

リバーサル理論

最適覚醒水準理論に代わる理論として提案されたのが「リバーサル理論」です。この理論では、人間の状態として、目的追究の真面目状態「テリック」と目的度外視の遊戯状態「パラテリック」を仮定し、それぞれの状態において、覚醒水準と快楽度の対応が異なると考えました。同理論によれば、低覚醒をもたらす刺激は、真面目モード「テリック」においては快のリラックスを、遊戯モード「パラテリック」においては不快な退屈をもたらします。高覚醒をもたらす刺激は、真面目モード「テリック」においては不快な不安をもたらし、遊戯モード「パラテリック」においては快の興奮をもたらします(下図)。


リバーサル理論
木村洋二編『笑いを科学する――ユーモア・サイエンスへの招待』から改変

 

高覚醒をもたらす刺激の典型例は、ジェットコースターやホラー映画です。多くの人はこれらをパラテリック状態で興奮して楽しめるでしょう。しかし、同じ刺激でも事故が起こるんじゃないかとか、実際の幽霊が映っているのではないかと思うと、途端にテリック状態となり不安が訪れるのです。
それぞれの覚醒水準と快楽度の対応関係が対称的で反転するように状態が変わるので、リバーサル(反転)理論というのです。状態は、刺激、環境要因、認知的構え、自発的反転で変化します。リバーサル理論によれば、パラテリック状態での陽気な興奮がおかしみとなり、笑いとして表出されます。不安なまでに覚醒度が高まったテリック状態の人でも、オチで「なーんだ」とパラテリックに移行させれば笑いが生じるのです。最適な覚醒度になったから笑えるのではなく、状態が反転したからと考えるのがリバーサル理論の特徴です。
ちなみに、テリック状態が優位の人とパラテリック状態が優位な人がいます。リバーサル理論は笑いやユーモアに絞って言えば以上が要旨となりますが、さらに大規模な理論なので気になる人は調べてみてください。

コア・アフェクト説

最後に、感情一般を統一的に説明しようとするコア・アフェクト説を紹介します。コア・アフェクトにもさまざまなモデルがありますが、セイヤーは快・不快と活性化・脱活性化の要素から、エネルギー覚醒と緊張覚醒の軸を設けました(下図)。


コア・アフェクトの円環(セイヤー)
木村洋二編『笑いを科学する――ユーモア・サイエンスへの招待』から改変

 

エネルギー覚醒の軸は、リバーサル理論のパラテリック状態の変化に対応しています(赤線)。対して、緊張覚醒の軸はテリック状態にの変化に対応しています(青線)。ちなみに、ワトソンはエネルギー覚醒を肯定感情と、緊張覚醒を否定感情としました(下図)。


コア・アフェクトの円環(ワトソン)
木村洋二編『笑いを科学する――ユーモア・サイエンスへの招待』から改変

 

いずれの呼び方をするにせよ、円環内で感情がいかに変遷するのかをモデル化しようとしているのです。笑いの場合、ほっとすれば緊張覚醒の低下がもたらされます。また、元気が出ればエネルギー覚醒の増加がもたらされます。いずれにせよ快への変化であり、円環上では90度の差異となって表現可能です。これからの研究によって感情全体の様相が明らかにされることが期待されています。

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