難解な「笑いの統一理論」のやさしい解説

今回は関西大学名誉教授の木村洋二先生の人が笑う仕組み(笑いのメカニズム)を論じた、「笑いの統一理論」の紹介をします。 難解な理論なのですが、イメージできれば結構簡単です。細部にこだわらずざっくりと解説したいと思います。

笑いの統一理論の核は「負荷脱離」

まず、木村洋二先生による笑いの統一理論を引用します。

笑いとは
  1. パターンの同化(assimilation)をめぐって図式(schema)の作動回路に生じるある種のスイッチング現象を引き金にして,
  2. 一瞬作動図式が賦活信号出力系から離脱する一時的な負荷脱離(unloading)の現象であり,
  3. これは作動中の図式に急激な脱備給(decathexis デ―カセクシス)を引き起こして,その図式について体験されていた現象学的リアリティ(phenomenological reality)を神経生理学的にキャンセル(cancel, neutralize)すると同時に,
  4. 余剰出力(surplus energy)の放出(discharge)を通じて愉快感を生み出す。

木村洋二編, 2010, 『笑いを科学する』新曜社.から一部改編(3と4の順序変更とそれに伴う文言の修正)。

簡易的に表現するなら、(1)ズレて、(2)ハズレて、(3)ヌケて、(4)アフレる、と4段階の流れで人は笑います。図式の予期がズレて、図式の駆動連結をハズし、図式を駆動していた賦活信号出力がヌケて、余剰となったエネルギーがアフレるわけです。
スペンサーやフロイトによる笑いのモデルは余剰出力を笑いの主要因とする一方で、笑いの統一理論は負荷図式が駆動系から切り離される負荷脱離によって全出力を放出する点に笑いの核心があります。
うーんなんのことだかわからない?それでは、難しい言葉を無くしてなるべく平易になるよう解説を試みます。

やさしい解説

0.枠組みをつかって人は認識する

人は物事を認識する際、解釈の枠組み(図式)を用意する。枠組みをもとにすることで、人はいちいち最初から学ぶ必要がなく、効率的に認識および行動をすることができる。この枠組みには予想される重要度があり、それに応じた出力が準備される。たとえば、山で熊にであったら生命の危険から重要度は高く、全力(出力最大)で対応することになるだろう。出力の不足は驚きを導くともいえる。ほどなくして熊がいなくなってウサギがあらわれたら、熊用に用意した枠組みは不要になり、熊より重要度の低いウサギ用の枠組みをもとに控えめな出力で対応するだろう。胸をなでおろしてほほえむかもしれない。出力が余る事態はよろこびに通じるのである。 このように、人は枠組みを適宜切り替えつつ重要度にあわせて出力を調整し現実の出来事に対応していく。

1.枠組みの適用と出力の調整をめぐり脳に混乱発生

作動した枠組みと現実の出来事に大きなズレが生じる場合もある。山で草むらがガサガサと揺れたとする。このとき、熊だ!と熊用の枠組みが作動したとしよう。全力で逃げようとした矢先、草むらから出てきたのはウサギ。急激な出力のブレ(出力大→出力小)が発生し、脳の中は混乱する(えっ熊だと思ったのにウサギだったのか!?慎重に対応するべきかどうしよう!?)。
なお、枠組みの重要度に差があるだけでなく、枠組みの類似性が高いものほど混乱は生じやすい(笑いも生じやすい)。たとえば、熊だと思ったら熊そっくりの茶色のウサギだったとすると、熊の恐怖に対するウサギのかわいらしさのギャップと、熊と茶ウサギの色の類似性があいまって余計に混乱を生じさせることになる。

2.混乱解消のため枠組みの作動が停止

この混乱を解消し精神を保護するために、枠組みを一時的に駆動系から切り離し停止させるのが笑いのメカニズムの核心である。枠組みの停止は枠組みを動かすために使われているエネルギーを遮断することで行われると考えられる。負荷がかかりすぎた回路がブレーカーによって電流を遮断されるイメージを思い浮かべるとわかりやすいだろう。車でいえばギアをニュートラルに入れる状態となる。
このエネルギーの遮断が行われるタイミングは、混乱が生じた2つの図式のうち低出力の図式を正しいと認識して出力の余剰が生じた場合に多い。熊とウサギの例でいうと、「熊が出た」と思ったあとにウサギが出てきた(と確信した)ときに笑いが生じる。逆に、「ウサギかと思ったら熊だった!ゲラゲラ!」だったら、その人は間もなく熊に食い殺されてしまうだろう。普通の人は出力不足にすくみあがるか、急激に出力を上げて戦ったり逃げたりする。

3.枠組みを通して感じた事柄のリアリティが消失

枠組みの作動が停止すると、枠組みを用いて体験した出来事の重大さなどリアリティの感覚が一挙に失われる。ポンプによってふくらまされていたリアリティが、ポンプ停止によってしぼむことをイメージするとわかりやすいだろう。先の例でいえば、熊用の枠組みが作動を停止し、どう猛な熊というリアリティがなくなる。 熊とウサギの間の落差による出力だけでなく、全出力が余剰化すると考える点が笑いの統一理論の特徴である。慌てふためいた一連の出来事や長年抱えていた悩みまで一時的に意識の外に追いやられるのである。 なお、笑う対象の社会的価値がプラスのものであろうとマイナスのものであろうと、笑いは対象のリアリティをゼロにする。つまり、権力者を笑おうと犯罪者を笑おうと笑いの作用は同じ、それが「無価値」であることを周囲の人々にリアルタイムに開示する。笑いには社会的リアリティを無化する強力な破壊作用があるといえる。

4.出力の余剰が「笑いの中枢」に作用

枠組みを作動させていたエネルギーはどこへ行くかというと、未だ知られない「笑いの中枢」に作用すると考えられる。これが笑いに伴う愉快感を発生させ、免疫系に影響を及ぼす。呼吸制御系にも作用し、特に横隔膜に断続的な振動を引き起こす(横隔膜式笑い測定機はこの運動を計測する)。横隔膜の動きはワッハッハッハという発声のもととなる。笑顔の形成にも作用する。


笑いの統一理論(負荷脱離理論)の模式図。
(詳細は以下の本をご参照ください。)

木村洋二編, 2010, 『笑いを科学する』新曜社.

まとめ

とても単純化すれば、笑いは脳の混乱を解消するために出力を身体運動に変換する脳の再起動システム、とまとめることができるでしょう。
今回は割愛しましたがスペンサーやフロイト等の従来の笑いのモデルでは、落差が笑いを生み出すということに主眼を置いたものが多いです。しかしそれだと、わずかな落差である「箸が転んでもおかしい」状態を説明できません。笑いの統一理論では落差は笑いのきっかけにすぎず、わずかな落差でもテンションが高い状態など出力が高まっている状態において笑いが生じやすくなることも説明可能です。
また、同様のモデルを用いて、真偽(他人の嘘を見抜いた場合や、半信半疑)で生じる「類微笑」、漫才のボケ・ツッコミなどの誇張表現についての議論も展開されています。詳細が気になるかたは『笑いを科学する』(新曜社)をご参照ください。

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