笑い測定装置の小歴史
日本における笑い測定装置の動向
今回は、日本における笑いを測る試みを振り返ってみたいと思います。
研究段階の基礎技術は数が多いため、今回は製品化・商業化されたものを中心にまとめました。
研究分野での動向もフォローしておりますので、あらためてまとめたいと思います(海外論文が中心となります)。
笑い測定の王道――笑顔認識
笑いの測定が日本で本格的に始まったのは、2000年代初頭からです。 笑顔の認識にはそもそも顔の認識技術が必要ですが、機械学習の技術の発達に伴ってその技術は急速に発達してました。 オムロン株式会社はOKAOvisionとして顔認識エンジンを開発しました。 OKAOvisionは現在、同社のリアルタイム笑顔度認識センサである「スマイルスキャン」のほかにも、各社のデジカメやプリクラ、Apple社のソフトウェアにも採用されているなど広く使われている技術です。 日本ではほかにも、東芝、ソニー、富士フィルム、パナソニックなど数々の会社が独自の技術を開発してきました。 私もオムロンのスマイルスキャンを何度か使用したことがありますが、その笑顔検出精度の高さと安定性に驚かされました。 ソニーのビデオカメラやデジタルカメラには、スマイルシャッターとして笑顔を検出して自動で写真を撮影する機能が導入されているので触れたことがある人も多いと思います。 富士フィルムからは、写真の笑顔を認識して大量にある写真から「良い写真」を選び出すシステムを提供するなど、笑顔認識はいかに測るかという時代を越え、どのように活用するかという部分に力が入ってきています。 最近では、メガネ型ウェアラブルデバイスで笑顔を認識する慶応大学の研究も注目されています。
- 笑顔認識の主な取り組み(日本)
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- スマイルシャッター 2007年 ソニー株式会社
- スマイルスキャン 2009年 オムロン株式会社
- 表情検出方法及び装置及びプログラム(特開) 2009年 日本電信電話株式会社(NTT)
- 顔認証技術活用マーケティングサービス 日本電気株式会社(NEC)
- ウェアラブル眼鏡「アフェクティブウェア」 慶應義塾大学
場所を選ばない笑い測定――笑い声認識
笑い声を用いた笑い認識は表情による笑い認識と並んで研究が盛んな分野であり、目下のところ研究開発がすすめられています。 前項で述べた顔認識技術にはカメラなどのセンサが持つ弱点に由来する弱点があります。 それは、センサを人物の前方に設置する必要があること、および、暗い場所での測定に向いていないことです。 当然のことですが、笑顔を認識するためには表情をカメラ等でとらえる必要があるわけです。 笑い声の測定においては、声が届く範囲にマイクが設置されていさえすればそれらの制限はありません。 株式会社大成情報技術の笑い測定プロジェクトWARAI+ではその利点に着目し、いつでもどこでも笑いを測ることができる高いユーザビリティを実現すべく笑い声の測定に着手しました。 日本の笑い声測定の研究では、大阪電気通信大学の松村先生の「爆笑計」が先駆けです。 近年ではその知見を活かして「ワラッテル」という高齢者見守りシステムに笑い声の認識が活用されています。 また、私が代表を務めていたNPO法人プロジェクトaH(アッハ)やラフグラム・リサーチ株式会社では、笑い測定アプリ「アッハ・メーター」や笑いの玉入れ、 笑いの複数人計測システムを開発し、映画鑑賞中の笑い測定や各イベントにおいて活用されました。 笑い声の認識は、音声認識技術の進展により笑顔認識と同様、技術的に成熟してきています。 WARAI+のアルゴリズムにおいては、録音環境が同一であれば98%以上の精度(accuracy)で笑いの識別が可能になっています。 さまざまな分野での実用化も今後増えていきますのでご期待ください。
- 笑い声認識の主な取り組み(日本)
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- 爆笑計 2005年 大阪電気通信大学
- → ワラッテル 2015年 株式会社ネクスト ユカイ工学株式会社
- アッハ・メーター 2015年 NPO法人プロジェクトaH
- → 笑い玉入れ 2015年 NPO法人プロジェクトaH
- → 複数人同時計測/グラフ表示システム 2016年 ラフグラム・リサーチ株式会社
- WARAI+SENSOR 2017年 株式会社大成情報技術
- → WARAI+RECORDER 2017年 株式会社大成情報技術
笑い測定の原理主義――腹部笑い測定

出典:関西大学 横隔膜式笑い測定機
腹部の笑い測定は他の笑い測定とはコンセプトが少し異なります。笑い全般を測ることを目指すのではなく、心の底からの笑い、いわゆる「おかしみによる笑い」を計測することを目指しています。 「抱腹絶倒」や「腹がよじれるほど笑った」という言葉もあるように、人間は大笑いをすると腹筋や横隔膜を激しく動かします。 一方で作り笑いをするときには、激しい腹部の運動は伴わず表情や声で笑顔や笑い声を表出するだけです。 このことに着目し、開発されたのが関西大学木村洋二研究室の「横隔膜式笑い測定機」なのです。 ちなみに私はこの研究をするために同研究室の門を叩きました。腹部の筋電位を湿式のセンサでとらえる仕組みのため、 他の笑い計測方法と比べて拘束性が高いというデメリットがありますが、コンセプトの革新性とaH(アッハ)という笑いの単位がウケて世間で注目を集めました。 人工知能技術が隆盛をきわめ、拘束性の低いウェアラブルデバイスが商品化されている昨今、おかしみの笑いに特化した笑い測定システムの開発も見直されてきています。
- 腹部笑い認識の主な取り組み(日本)
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- 横隔膜式笑い測定機 2009年 関西大学
- → 笑い増幅器 2010年 電気通信大学
もっと手軽に笑いを測る――体動
顔や声や腹という笑いが表れる特定の部位に的を絞らず、笑ったときの身体の動きに注目して笑いを測る仕組みも考案されています。 神奈川工科大学の白井研究室では、人間が笑っているときの微細な動きに着目し、スマートフォンの加速度センサを利用した笑いの測定システムを開発しました。 私も研究室に一度訪問して笑いの測定を体験させてもらったことがありますが、「ボケて」等のコンテンツを見ながらスマホをもって笑うだけ、というお手軽さに驚きました。 加速度センサを用いて笑いを測ることができれば、腕時計型やメガネ型のウェアラブルデバイスに適用することも十分に考えられるでしょう。 気づかない間に笑いを測っていたという未来もそう遠くないのかもしれません。
- スマートフォンの加速度センサを用いた笑い評価(研究) 2013年 神奈川工科大学
本格派笑い測定――複数部位

出典:オムロン株式会社 笑いの医学的検証研究
これまでに触れてきた笑いが計測できる顔・声・腹の3箇所にはそれぞれの得手不得手があります。 次の表のようにまとめることができます。

これらの弱点を克服するためのアイデアとして、複数の箇所で笑いを測るという試みもあります。 私はプロジェクトaHとして活動していた時に顔・喉・腹の笑いの3点測定システムを開発しました。 筋電計を用いるため拘束性があることが問題ですが、さまざまな笑いの検出結果の可視化に成功しました。 研究領域では、東北大学の伊藤先生は2005年から表情と声から笑いを認識する研究をされています。 最近ではオムロンとNTT西日本がタッグを組んで表情と心拍数等を複合して笑いを検出するシステムの開発と笑いの医学的効果の実証研究に取り組んでいます。 それと同様の技術ですが、2016年、なんばグランド花月で笑いの測定イベント「スマート光お笑い劇場」をNECとNTT西日本とのコラボで実施しました。 私も体験してきましたが、やや暗い劇場内でも笑顔等を計測できていました。 この笑いの医学的効果の実証研究については、さらに近畿大学や吉本興業とも組んで2021年の実用化を目指すそうです。このように、笑い計測を実用化する機運は高まる一方です。
- 複合的笑い認識の主な取り組み(日本)
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- 音声処理と顔画像処理を統合した対話映像からの笑いの認識(研究) 2005年 東北大学
- 顔・喉・腹の「3点計測システム」(研究) 2012年 NPO法人プロジェクトaH
- → Automatic discrimination of laughter using distributed sEMG(研究) 2015年 早稲田大学
- 笑いの医学的検証(研究) 2017年 ヒューマンビジョンコンポ(HVC-P2)オムロン株式会社 + バイタルデータ測定 西日本電信電話株式会社(NTT西日本)