笑い学入門6「異文化コミュニケーションにおけるユーモアの役割」
笑い学入門第六回目 異文化コミュニケーションとユーモア
現在関西大学人間健康学部で開催されている「笑い学入門講座」の内容を要約してご紹介します。この講座は関西大学と堺市との連携事業であり、一般の方向けに無料で開講されています。また、本講座は『笑いを科学する』(新曜社)をテキストとして笑い学を学ぶ講座となっており、基本的に執筆者の先生が登壇されます。今回の講演タイトルは「異文化コミュニケーションにおけるユーモアの役割」で講師は神奈川大学外国語学部教授の大島希巳江先生です。 なお、当記事の内容は、講座の内容を筆者の視点から解釈し短くしたものであり、講師の方の見解と必ずしも同一のものにはなっていないことがあります。ご了承ください。
異文化コミュニケーションとは
みなさんは「異文化コミュニケーション」と聞いて、何を思い浮かべるでしょうか。外国人とのコミュニケーションを思い浮かべる人が大半ではないでしょうか。 文字通り文化が異なることが異文化です。日本人同士のコミュニケーションでも「異文化」の状況であることは頻繁にあります。 たとえば男女間、若年者と高齢者、業種や地域が異なる人同士のコミュニケーションでも文化が異なれば「異文化コミュニケーション」となります。 私たちは日常の多くの場面で異文化コミュニケーションをしているのです。
ユーモアの役割
異文化コミュニケーションにおいて、ユーモアは重要な役割を果たします。大島先生がユーモア研究を志したきっかけのエピソードを紹介しましょう。 大島先生が大学院生のとき、イギリスのとある有名出版社のやり手の編集者に日本を案内する役を引き受けたそうです。しかしよりによって当日大島先生は待ち合わせに遅刻してしまいます。 やっとの思いで待ち合わせ場所の渋谷ハチ公前にたどり着いたとき、巨漢のおばちゃん編集者がハチ公より大きく見えたそうです。しかも時期は真夏、大島先生が遅刻を謝りに謝ったところ、彼女は「いいのよ、おかげでこの30分の間に高校生の男の子3人にナンパされたわ」と言ったそうです。その時はこれがジョークなのか本当のことなのかわからず大島先生は困惑したそうですが、よく考えると巨漢の外国人の強面のおばさんに話しかける勇気のある高校生はそういるものではありません。とっさのユーモアに大島先生は救われた思いがしたそうです。 ネガティブな状況をポジティブにひっくり返す力がユーモアにはあるのです。
ユーモアは技術である
"Humor is a skill of communication."(「ユーモアは先天的な能力ではない。後から身につける技術である。」)という言葉があります。わたしたちは面白いことをいう人は生まれ持ってその才能を持っていると思いがちですが、海外ではユーモアは努力して身に着ける後天的な技術だと考えられています。
ところで、ユーモアの達人になるためには、「多様な視点をもつ」ことが第一歩です。たとえば、この絵をご覧ください。それぞれ、2通りの見方がありますがお分かりになるでしょうか。
絵1
絵2
絵3
さらに力試しとして、難問を出しましょう。答えは上記の絵の解答とあわせて最後に掲載します。
問題1

問題2

どちらの問題も「枠組みを超えて物事を考える」ことが大事です。
ビジネスとユーモア
ユーモアのある人材は、枠にとらわれない自由な発想ができるため、問題解決力が高く、また、逆境や変化への対応力も高いとされています。アメリカの調査では、ユーモア度の高い人ほど高収入で、組織内でもより早く昇進するという結果が出ているそうです。 アメリカのサウスウエスト航空では、パイロットの採用の際にユーモア力の高い人材を最優先しています。パイロットには危機的状況においても柔軟に対応できる力やパニックに陥らずストレスをためないことが求められるからです。 実際に、受験者が試験官から「今日は暑いから海水パンツに着替えてください」と言われ水着を渡され、面白がって五分後に着替えていた人が次の試験に進めるというユニークな試験があったそうです。

サウスウエスト航空パイロット採用試験、第一次試験の合格者。
写真:Freiberg, Kevin and Jackie Freiberg, 1996, NUTS!, Danvers: Crown Business.(=1997, 小幡照雄訳『破天荒!!―サウスウエスト航空 驚愕の経営』日経BP社.)
同社は「世界で最も安全な航空会社」や選ばれるなど、評判の高い航空会社です。また、従業員の満足度を重視するため、米国の「もっとも働きたい企業」としてもたびたび取り上げられています。 あらゆる面で優秀な航空会社であるため、米国最優秀航空会社にも選出されています。ユーモアにはビジネスをよりよいものにする可能性があるのです。
実践!ユーモア術
大島先生が日本の職場においてユーモアを導入する方法として推奨するのが、サインプレートを使う方法です。いくつか事例を紹介しましょう。
猛犬注意
強面で無愛想な上司が「部下が自分に話しかけにくいと思っているようだ」と感じたら「猛犬注意」のプレートをデスクに掲げてみましょう。部下も接しやすくなるはず。

「猛犬に注意」のサインプレート
故障中
「明日から休暇。でも休んでいる間、職場が心配。皆はどう思うだろう……」と思ったら「故障中」のプレートをデスクにおいて休みに入ると周囲からの理解も得られやすいでしょう。

「故障中」のサインプレート
近寄るな
「今日は仕事が忙しい。誰にも話しかけられずに集中したい。でも、ギスギスした雰囲気をかもし出すのはちょっと……」と思ったら、「危ない近寄るな」のプレートを設置すれば気兼ねなく作業に没頭することができます。

「近よるな」のサインプレート
伝えにくいことでも、ユーモアを介することで相手の気分を害することなく伝達することができます。ユーモアの効果で働きやすい職場環境に変えることができるのです。
英語落語で日本のユーモアを知ってもらう
大島先生が海外で生活していたとき、日本人は笑わない、ユーモアを言わないということをよく言われたそうです。確かに日本人は、外国の人のように初対面の人にジョークを飛ばすということはあまりしません。文化的背景の多くを共有している日本人同士では、「言わなくてもわかる」ためです。対して、文化的背景の共有されない者同士で会話をする機会が多い海外では、誰しもジョークの持ちネタを一つや二つは持っていて、緊張緩和のためにそれを披露します。
ところで、日本にユーモアが少ないかというとそうではありません。ご存じのように日本では落語を代表としてたくさんのユーモアが生み出されています。それを海外へ向けて発信すべく、大島先生は20年ほど前から英語落語を海外で披露しています。数十か国で英語落語を披露した結果、どの国でも落語は非常によくウケているそうです。落語の噺には、人間の本質を扱った普遍的なテーマが多いためどの文化圏でも理解され共感を得やすいためだといいます。
最後に、大島先生がよく落語のマクラに使うユーモアを紹介しましょう。
ユーモア1
水たまりで、おじいさんが独りで釣りをしています。
それは魚なんて到底棲んでいない、小さな小さな水たまりです。
不思議に思ったある男が「何をしているんですか?」と声をかけてみました。
「釣りじゃよ」とにこにこしておじいさんは答えます。
「ボケてしまったのだな」おじいさんのことをかわいそうに思った男は
「一緒にお酒を飲まないか」とおじいさんを誘いました。
「ありがとう」おじいさんはにこにこして着いて来ます。
酒場で「ビールを2つ!」と男が注文をして、
疑問に思っていたことをおじいさんに尋ねました。
「あんなところで釣りをして、何匹釣れたんですか?」
するとおじいさんは答えました。
「おまえさんで7匹目だよ」。
ユーモア2
日本語を外国人に教えるときの話です。
日本人:「Thank you」は日本語で「ありがとう」といいます。
外国人:うーん覚えにくいなあ。
日本人:じゃあ、発音も近いし「アリゲイター」(ワニ)と覚えるといいよ。
外国人:それなら覚えやすいね!
――数日後。
日本人:Thank youを日本語でなんというか覚えてる?
外国人:うーん、なんだっけ。たしか覚え方があったような……あ、思い出した!
「クロコダイル!!」
大島先生は英語落語を通して日本にも面白いユーモアがあることを知ってもらい、日本のファンを増やしたいと考えています。 また、活動の結果、"Rakugo"という言葉が国際語として英英辞典に掲載されることを目指しているそうです。 最終的には、英語落語の公演が世界平和としての活動となるよう、今後も活動を展開していくそうです。
問題の解答
絵1:「ルビンの壺」です。有名ですね。白いツボと黒の向かい合っている人が見えます。
絵2:「若い女性と老女」です。これも有名ですね。赤い部分を口だと見なすと、絵は老女に見えます。赤い部分を首の飾りと見ると向こうを向いているのが若い女性の姿が浮かび上がります。
絵3:「老人と女性とイヌ」です。大きな男性の顔がみえるでしょう。大きな顔の構成要素に着目すると、右目が赤ん坊を抱える女性、左目が帽子をかぶった男性、手は犬に見えるでしょう。
問題1:SをくわえてSIX(6)となります。曲線を足そうと思えたでしょうか。


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テーマが身近なぶん、難解すぎないので初めて研究、学問に触れる方でも安心して学べます。
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毎回新しいトピックで面白いと思います。
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スケジュール等詳しくは下記ページをご参照ください(外部リンク)。
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