笑い学入門5「エスニックジョークは社会の温度計」

笑い学入門第五回目 エスニック・ジョーク

現在関西大学人間健康学部で開催されている「笑い学入門講座」の内容を要約してご紹介します。この講座は関西大学と堺市との連携事業であり、一般の方向けに無料で開講されています。また、本講座は『笑いを科学する』(新曜社)をテキストとして笑い学を学ぶ講座となっており、基本的に執筆者の先生が登壇されます。今回の講演タイトルは「エスニックジョークは社会の温度計」で講師は国際ユーモア学会理事の安部剛先生です。
なお、当記事の内容は、講座の内容を筆者の視点から解釈し短くしたものであり、講師の方の見解と必ずしも同一のものにはなっていないことがあります。ご了承ください。

エスニック・ジョークとは

安部先生によると、エスニック・ジョークとは、あるひとつの民族集団成員の行動、慣習、性格などの集団としての特質を笑うユーモアです。愚かさ・賢さ・狡猪・吝嗇・狡賢さ・大酒飲み・自虐的等を筋書きとしてジョークにとりこんでいます。たとえばアイルランド人は「愚か」、スコットランド人は「吝嗇」(けち)、ユダヤ人は「狡猜」、ドイツ人は「規則や規律の遵守」などが知られています。

ジョーク1

スコットランド人を唖然とさせて、突然に口がきけなくて耳が聞こえなくする方法とは?

―そりゃあ簡単さ、慈善事業への寄付を頼めばいいことさ。

(引用:木村洋二編『笑いを科学する』新曜社)
「スコットランド人は吝嗇で抜け目がない」という筋書きのジョークです。注意したいのは、スコットランド人が実際に吝嗇で抜け目がないということを言っているわけではない点です。ジョークの筋書きは、ジョークを語る側と語られる側との間にある、歴史、政治、経済、言語、宗教などの関係に起因しています。エスニック・ジョークは社会の中で発生したことを社会に知らしめる「社会の温度計」といえます。

ところで、エスニック・ジョークは人種や民族などに対する偏見・差別を助長するという批判もあります。その一方で、ジョークがしばしばタブーとされるテーマを取り上げることから、エスニック・ジョークは既成概念に立ち向かう手掛かりともされます。いずれの立場をとるにせよ、エスニック・ジョークはあくまでも社会の現象を映す鏡であり、人間の行動を改めさせる「温度調整器」の力はありません。ジョークは基本的に楽しい気晴らしのために行うものであり、笑って忘れるものなのです。

エスニック・ジョークを生み出す構造

エスニック・ジョークの笑う側と笑われる側にはしばしば、中心と辺境という構造が存在します。地理的、経済的、文化的、言語的、宗教的に支配的な立場を占める集団がその辺境の少数民族集団を対象として笑うことが多いです。たとえば、イギリス人が地理的にイギリス諸島の外れに住み、経済的・言語的ハンディを負うアイルランド人を笑うアイリッシュ・ジョークはその典型です。「中央に住む洗練されたイギリス人」対「辺境に住む、粗野で無教養なアイルランド人」という構造でジョークが生まれます。

ジョーク2

Why did the Irish expedition to climb Mt.Everest fail?
アイルランド隊のエベレスト登頂が失敗に終わったのはなぜ?

―They ran out of scaffolding thirty feet from the top.
 頂上から30フィートのところで、足場を組む材料がなくなったのさ。

(Oral circulation in Britain 1970s)
「アイルランド人は力を使うことしか能がない粗野で無教養な人である」という筋書きのジョークです。このジョークの背景には、アイルランド人が17世紀からイギリスへ移民し、おもに工事現場等で働くブルーカラーの仕事を担ってきたことがあります。

イギリスとアイルランドの位置


こうした愚か者を笑う「愚か者ジョーク」は世界中に遍在し、「愚か者」が住む町「Fooltowns」(愚か村)も多数あります。イギリスの「Gotham」「Austwick」、ウエールズの「Risca」、スコットランドの「Gordon」「Assynt」、ドイツの「Teterow」、ベルギーの「Dinant」、ハンガリーの「Ratot」、スペインの「Lepe」などです。やはり注意したいのは、「愚か村」に住む人が本質的には愚かではないという点です。たとえば、ハンガリーの「Ratot」は地理的に中心部から離れているということからジョークの対象になっているだけなのです。


Ratotの位置


アイルランドのKERRYの人を笑いの対象とした愚か者ジョークを挙げましょう。


KERRYの位置


ジョーク3

Two Kerrymen lost on a dark night came upon a milestone.
闇夜で道に迷ったケリーの男が二人、道標(マイルストーン)を見つけた。

”We must have wandered into a graveyard,” said the first.
「どうも墓場に迷い込んでしまったようだな」とひとりが言った。

“Some fellow called “Mile’s” from Dublin is buried here in this grave,” said the second.
すると、二人目がつづいて言った。「ダブリン出身の『マイルズ』という名前の男がこの墓に埋葬されているんだ」。

“You’re right,” and look at the age he was a hundred and seventy-five.”
「そうだそうだ」と最初の男。「それに、見てみろよ、死んだ男の歳は175とあるぜ」

(Davies, personal communication, 2002)

マイルストーン


お次は、ロシア人がシベリアのチュクチ人を笑うジョーク。

ジョーク4

チュクチ人が冷蔵庫を買った。

「何でおまえに冷蔵庫が必要なんだ?」とまわりが尋ねる。

「冬の間の暖房用さ。外はマイナス40度でも、冷蔵庫の中はマイナス4度だもんな」

チュクチ自治区の位置


最後に、フランス人がベルギー人を笑うジョーク。

ジョーク5

A French customer asked a Belgian serving behind a fast-food counter:
ファーストフードの店で、フランス人客がカウンターの中のベルギー人店員に注文した。

“Two ham sandwiches, please. One of them without mustard.”
「ハムサンドを二つ、一つはマスタード抜きで」

The Belgian replied,
すると、店員が聞いてきた。

“Which one of them do you want without mustard?”
「マスタード抜きはどちらにしましょうか」

フランスとベルギーの位置


ジョークは、必ずしも対象のことを心底嫌って作られるわけではありません。むしろ、お互いに信頼関係がある中で軽口をたたきあっていることもあります。

日本にもある「愚か者話」

日本の民話にはよく「愚か者」が住む「愚か村」が登場します。 以下の図は稲田浩二「昔話は生きている」(三省堂)で紹介された「愚か村話」の分布図です。


日本の愚か村


たとえば、伊勢参りに行った村人が、宿で蚊帳の使い方がわからず逆に吊って上から飛び込む「飛び込み蚊帳」は有名な愚か村話です。もちろん、これらの村に実際に愚か者が他と比べて多く住んでいるわけではありません。中世・近世のころに貨幣経済を取り入れた都市部の商人が、「時代遅れ」の農民をジョークの対象にしたのです。農村に住む農民も、さらに辺境の農村の人を笑うという多重構造で愚か者話は多数生まれていきました。ジョークの中身から一歩引いてその背景に思いを巡らせることで、ジョークが生まれた社会の構造が浮かび上がってくるのです。

笑い学入門講座のご案内

講座が扱う「笑い学」はその名の通り、笑いをテーマとして扱う学問です。
テーマが身近なぶん、難解すぎないので初めて研究、学問に触れる方でも安心して学べます。
講座では笑いに関する様々な専門家が登壇します。
毎回新しいトピックで面白いと思います。

次回は神奈川大学教授大島希巳江先生です。大島先生は「NHK英語であそぼ」で準レギュラーとして活躍されました。研究以外でも英語落語で活躍されています。

講座は事前申し込み制ですが、当日参加も可能です。
参加費:無料
テキスト:『笑いを科学する』(新曜社)会場販売あり
場所:関西大学堺キャンパス SB302教室
〒590-8515 堺市堺区香ヶ丘町1-11-1 南海高野線「浅香山駅」徒歩1分
スケジュール等詳しくは下記ページをご参照ください(外部リンク)。
笑い学入門講座

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