笑い学入門1「笑いの花咲く国へ」日本は笑いあふれる国だった?
今回から笑い学入門講座を紹介します!
今回は、現在関西大学人間健康学部で開催されている「笑い学入門講座」の内容を要約してご紹介します。
この講座は関西大学と堺市との連携事業であり、一般の方向けに無料で開講している講座です。
第一回の講師は関西大学人間健康学部教授で日本笑い学会会長の森下伸也先生。
テーマは「笑いの花咲く国へ」です。
なお、当記事の内容は、講座の内容を筆者の視点から解釈し短くしたものであり、講師の方の見解と必ずしも同一のものにはなっていないことがあります。
ご注意ください。
近代化で笑いが失われる?
19世紀後半、ドイツの哲学者ニーチェは、禁欲主義、合理主義を特徴とした近代的・西洋的価値観により、人間が生き生きと生きられない「ニヒリズム」が到来したと提唱しました。

フリードリヒ・ニーチェ(1844-1900)
彼はニヒリズムを脱するために、「笑い」こそ重要な役割をもつとしました。
「高貴な人間たちよ、願わくば学べ――笑うことを!」
(F.ニーチェ, 吉沢伝三郎約 1993『ツァラトゥストラ』ちくま学芸文庫 下巻 290頁.)
笑っている最中の人間は何も考えられず、笑われた対象の価値は無化します。
ニーチェはこの笑いの力でもって、すべての価値を空無化してゆくニヒリズム文明そのものの価値を無化してしまえばよいと考えました。
一言でいえば、ニヒリズムを笑いでぶっ飛ばせ!といったところでしょう。
ニーチェと同時期を生きた、『怪談』で有名な小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)。

小泉八雲(1850-1904)
彼は日本の近代化を目の当たりにしてこのように書きました。
「日本はこれから多くのものを見て驚くだろうが、同時に残念に思うことも多かろう。
おそらくその中で日本が最も驚くのは古い神々の顔であろう。
なぜなら、その微笑はかつては自分の微笑だったのだから」
(小泉八雲, 平井星一訳 1975「日本人の微笑」『日本見記』恒文社 431-432頁.)
ここでいう「古い神々」とは、仏像のことだと考えられています。
日本が近代化するにつれて失われるものとして日本人の微笑を挙げ、彼はそれを残念に思っているのです。
ニーチェと小泉八雲、立場こそ異なれど、西洋の近代文明と笑いとが相反するものである、という点で見解が一致しています。
笑いと「相性が悪い」のはキリスト教
ニーチェや小泉八雲はなぜ西洋の近代文明と笑いが「相性の悪い」ものだと考えたのでしょうか。
その答えは単純明快です。
西洋の近代化には、キリスト教の影響が少なからず及ぼされており、
そしてそのキリスト教は、キリストの悲劇的な最期と人々が背負った罪に対する懺悔の宗教であるため、陽気な笑いとは相性がよくないのです。
現在に残るキリスト教の美術には、笑う聖像がほとんどないことからもその「相性の悪さ」を窺い知ることができます。
U.エーコの小説『薔薇の名前』で知られているように、実際の中世ヨーロッパのキリスト教修道院では、笑いやユーモアが禁じられていました。
ただし、その一方で、カーニヴァルといった笑いが「爆発」する祝祭的行事も行われたり、宮廷道化師という笑いのプロの職業も存在したりしていましたが、それらはごく例外的なものでした。
プロテスタンティズムが生じた折に、禁欲主義である初期プロテスタント諸宗派は笑う聖像を厳しく排斥しました。
この勢力の台頭によって、一度笑いに対して寛容になりつつあったカトリック側も笑いを抑圧することとなったのです。
笑い盛りだくさんの日本の文化!
他方で、日本の文化、宗教は笑いとの親和性がとても高いです。
例を挙げましょう。
まず、現在でも、さまざまな笑いを主要素とした神事が残っています。
山口県防府市の「笑い講」、大阪府東大阪市枚岡神社の「注連縄掛神事」、
愛知県熱田市熱田神宮の「酔笑人神事」、和歌山県日高川町丹生神社「笑い祭」を代表として名が知られるもので十以上は現存しているのです。

笑い講 出典:日本笑い学会
また、性に関する笑い神事も多く残っています。
性と笑い、一見不思議な組み合わせに思えますが、日本最古の歴史書である『古事記』で最初に登場する笑いはアメノウズメのストリップダンスを発端とした神々の哄笑でした。
こうした事例からも、日本の宗教と性と笑いとの親和性の高さが窺い知ることができます。
豊穣もたらすものとして男性性器へ崇拝することを「陽物崇拝」といいますが、西洋キリスト教文化では性のタブー化が進行した一方で日本ではいまもに盛んにおこなわれています。
なかでも、愛知県小牧市田県神社の「豊年祭」が有名です。

豊年祭 出典:日本笑い学会
芸能面では、伊勢大神楽をはじめ、漫才のルーツである万歳、および落語が残っていますが、これらも宗教を起源としています。
ほかにも、日本各地には、笑う聖画や聖像(仏像)が数多く残っています。
聖画では「寒山と拾得」、「虎渓三笑」などが有名です。
なぜ宗教画に笑いが描かれるかというと、禅の修行で目指すのは世俗的な妄念から脱することであり、価値の無化と自我の解放という点で笑いと結び付けられて捉えられたからです。
弥勒菩薩半跏思惟像などの飛鳥時代・奈良時代の仏像の多くは笑っており、江戸時代の円空や木喰が作った仏像も多くが笑っています。
こうした「笑い」のあり方は、日本に暮らすわれわれにとっては普遍的なものに感じられますが、西洋ではやや珍しいものなのです。


寒山と拾得

弥勒菩薩半跏思惟像 部分(広隆寺)
円空 如来立像 部分(東京国立博物館)
まとめ
いかがだったでしょうか。
森下先生によると、これだけ笑いの行事が多いのは世界中でも日本だけなのではないかということです。
そのような「笑いの国」日本であるからこそ、当プロジェクトでは日本から世界へ笑いのチカラを発信していきたいと考えています。
そして「笑いの国」に住む私たちこそ、大いに笑おうではありませんか。
笑い学入門講座のご案内
講座が扱う「笑い学」はその名の通り、笑いをテーマとして扱う学問です。
テーマが身近なぶん、難解すぎないので初めて研究、学問に触れる方でも安心して学べます。
講座では笑いに関する様々な専門家が登壇します。
毎回新しいトピックで面白いと思います。
講座は事前申し込み制ですが、当日参加も可能です。
参加費:無料
テキスト有:笑いを科学する(新曜社)会場販売あり
場所:関西大学堺キャンパス SB302教室
〒590-8515 堺市堺区香ヶ丘町1-11-1 南海高野線「浅香山駅」徒歩1分
詳しくは下記ページをご参照ください(外部リンク)。
笑い学入門講座